
『第3回 日本企業の新しい経営組織の形とは』
『第2回 日本企業のジョブ型雇用は組織を強くするのか』にて、メンバーシップ型とジョブ型の組織の特徴を日本企業と欧米企業の違いを例として説明しました。最終回では、日本企業の特性を踏まえて、メンバーシップ型/ジョブ型を取り入れた新しい経営組織の形を考えていきます。
■現在の日本企業の経営組織
日本の多くの企業は、高度経済成長以降、製品を生産する上で工程を標準化して継続的なカイゼンを行うことで、均一化された高品質の製品を適正な価格で供給することに主眼をおいてビジネスを発展させてきました。
この目的に応じて組織は、企業理念に基づいた企業文化を育て、その文化に沿って考え行動する人材を自社で育成してきました。また、人材育成においてはOJTを中心として現場で必要な知識を学び、小集団活動を通して個人の知識を共有し、新たな知識を生み出してきました。このような組織開発の『良さ』は、組織内において高い共感が生まれること、かつ必要な知識の基盤をメンバー全員が身に着けていることが挙げられます。一方で、組織の指示を待つ文化と組織内に限定した知識を持つメンバーが生まれる傾向があります。
組織経営では、現場で経験・知識を積み上げた管理職がそれぞれの視点で意見を出し合い、多角的な視点から物事を議論した上で意思決定を行う集団の中で合意できる落としどころを探して、組織としての判断を行ってきました。このような組織経営の『良さ』は、多角的な視点で検証した実現性の高い判断を行えること、かつ意思決定を行った集団が共通認識を持っているので実行力が高くなることが挙げられます。一方で、集団での合意形成まで多大な時間と工数かかること、決定事項に対して集団での責任体制となるため責任の所在があいまいになる傾向があります。
■残すべき『良さ』と取り入れるべき『良さ』
日本企業として今後も残すべき『良さ』は、「組織内の高い共感と実行力」、「知識共有と組織の集合知」であると考えます。一方で、欧米企業のようなジョブ型の組織の『良さ』は第2回でも述べたように、「明確な役割と権限(権限移譲)による迅速な意思決定」、「個人のプロフェッショナル意識と高い専門性」です。欧米企業では、メンバーの役割と権限が明確であるためそれぞれのポジションで意思決定できること、上位者にエスカレーションすることを適切に判断することができます。したがい、作業者に求められる専門性と管理者に求められる専門性は異なり、別の職務として遂行されます。日本企業のプレイングマネジャーのような専門性があいまいな職務はあまり見かけません。また、それぞれの職務においてメンバーが個人の知識・経験を基に判断を行うため、それぞれのメンバーが高い専門性とプロフェッショナル意識を持っていて、判断の理由を問われた時に自分の意見で議論することができます。
■日本企業の新しい経営組織の形
これらの『良さ』を生かした経営組織は以下のような特徴を持つと考えられます。
◇組織のビジョン(存在意義)と個人の価値観の高い共感
メンバーは組織が目指している姿を理解し、その姿が、自分の大切にする価値観に合っていると感じている。与えられた指示に従い行動するのではなく、組織が目指す姿を実現するために自分が何をすべきか判断できる。
◇個人の専門性を掛け合わした集合知の形成
日々の業務の中で知識・経験を共有して組織の基盤となるノウハウが常に更新されている。組織を取り巻く状況が常に変化していることを意識して、その変化を敏感に感じて適応するために情報を共有し合い新しい方法を生み出している
◇役割と権限を明確にした組織デザイン
人を意識した組織を作るのではなく、役割を意識して組織をデザインし、役割を満たすために必要な権限を明確にしている。年数や業績をみてポジションを埋めるようなアプローチではなく、組織経営するために作らなければならない役割を考え、組織の状況に適さない役割を残さないように設計する。
◇社内に留まらない個人の専門性
このような経営組織を支えるメンバーは、組織の目指す方向を理解して自分の専門性をどう高めていくかを常に考えている。専門性とは、組織内で認められる知識・経験だけでなく、組織外においてもその役割を担う人材が求められる知識・経験であり、メンバーは常に自分の専門性を意識して学ぶ姿勢を持つ。
■経営組織を変革するためには
このような新しい経営組織を作るためには、「共感を生み出すコミュニケーション」、「オープンな意見交換と知識の蓄積」、「社員のプロフェッショナル意識の醸成」が必要となります。本連載のまとめとして、日本企業がジョブ型の経営組織に変革する中で意識していただきたいことをお伝えします。
◇共感を生み出すコミュニケーション
組織がメンバーに対して共感を生み出すためには、その組織の存在意義をリーダーが説明できる必要があります。ここで言う組織とは会社だけではなく、会社を構成する事業部、部、課、グループのことを指しています。社長が会社の方向性を伝える努力をするだけではなく、それぞれの部門長が自部門の会社内での役割、会社の方向性に沿った部門の在り方をメンバーに説明する機会を作り、対話を通して個人の価値観と結びつけるコミュニケーションを行う必要があります。
仮に、リーダーが会社のビジョンに共感していない場合、その部門はリーダーの価値観によって存在することになり、部門毎にバラバラな行動をとるようになります。また、この中でリーダーの価値観に合わないメンバーは例え会社のビジョンに共感していたとしてもその組織から離れる選択をするでしょう。
◇オープンな意見交換と知識の蓄積
指示型リーダーの下では、メンバーが自由な意見を伝えることが難しくなる状況を容易に想像できます。通常、顧客のニーズや業務環境などの変化については、直接その現場に接しているメンバーがいち早く気付き、アイデアを持つものです。しかし、リーダーに自由意見を言えない環境下では、変化に気づいても自分一人で対処できないと思えば、その後の行動にはつながりません。
リーダーはメンバーを環境変化のアンテナとして捉え、知識・経験が少ないメンバーに対しても担当分野の専門家としてみなして意見を求める姿勢を示す方が良いでしょう。そして、変化への対処に向けて、リーダーだけが答えを出すのではなく、組織として取り組めるようにメンバー(専門家)を集めて取り組む環境を作る必要があります。
◇社員のプロフェッショナル意識の醸成
ジョブ型の『良さ』を取り入れるために最も大切なことは「社員の意識」です。これまで、会社が育成環境を整えてOJTを通して育てた社員は、その会社でオーダーメイドされた人材になっています。知識・経験が社内に限定され、専門家としては専門性に偏りがある可能性があります。また、専門家として学ぶ姿勢は会社に依存しているかもしれません。ジョブ型の経営組織で求められる人材は専門家としてどの組織でも生かせる知識・経験を持ち、自分で考え行動できる、時には、持論を持って他の専門家と激しい議論ができる必要があります。
組織変革では、これまでの「企業に所属する人材の育成」から「一人の専門家として組織に共感して行動を行う人材の確保」へ変わる必要があります。職務定義を策定することはもちろんのこと、評価制度、採用基準など諸制度の見直しを通して社員に変わることを求めていく必要があります。
これらの変革は、個別に実施するのではなく並行して進めていく必要があります。
決して簡単な変革ではありませんが、コロナ禍をきっかけに訪れた変革のチャンスを生かし、新しい日本型の強い組織が生まれることを期待しています。